岩と壺の話 ~まず岩探してさ、入らんなら作り直せばええやん~
こんにちは!
完璧以外許せない、あなたのライフコーチの「もとあき」です。
今日は有名な「岩と壺の話」について。
仕事場のカフェで学生バイトさんと頻繁に就活についての話をする中で、「贈りたいなぁ」と思った話です。
最近、2chの創始者で有名な「ひろゆき」さんが、youtubeで話していて切り抜きされていたので、「あーそれね」となるかもしれませんね(笑)
「1%の努力」でも書かれていました。
ただ話して終わり。となっちゃあ「もっちゃん」の名が廃りますので、ライフコーチとしての考えも述べています。
「このままでいいのかな…?」に蓋をして生きている方へ
最後まで読んでいただけると幸いです。
目次
まぁ、まずは読んでみよう
とにもかくにも「岩と蓋の話」。まずは読んでみましょう。
この壺はいっぱいだろうか?
ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そして砂利を壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」
学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
さて、いったんここまで!
教授は何が言いたいんでしょうか?少し考えてみてください。
ちなみに「人生詰め込もうと思えば、ナンボだって詰め込める」ではありません
考えましたか?では続きをどうぞ!
一番最初の大きい岩は、一番最初にしか入らない
続き)
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、
いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「そうじゃない」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
そう、あなたにとっての大きい岩、つまり
人生にとって、一番大事だと思うものは、一番最初に入れてください、さもないともう二度と入りませんよ
という意味なんですね。
あなたにとっての「小石」「水」「砂」で壺をいっぱいにしてしまうと、「大きい岩」が入らない。
例)
プロのピアニストになりたかったが、目を背けて、有名な企業に就職しました。
企業に入ると給料がもらえます。
すると、給料に合わせた生活をします。ジムに行く、家借りる、車買う、家具を買う、遊ぶ、ご飯などなど…
でもピアノへの情熱が忘れられません。満たされない。
「やっぱりピアノへの情熱が忘れられない!だからプロになるために練習するわ!」
じゃあ練習しようってなっても、練習する環境を作り出せません。
なぜなら仕事があり、その仕事でもらえるお金に合わせた生活をしています。
その仕事無くしては生活が出来ない。
かといって、仕事をしながらプロを目指しても、実力なんて相対評価、周りも練習をしています。
ましてや、結婚なんてしてしまったら、「仕事を辞めます!」なんてもっとできない。
なぜなら、選ぶ余地があっても選択できなかったんだから。
このまま生きたら、行き着くゴールは二つ
・家庭を築いたり、昇進していく中で「まあよかったのかな」と納得
・「実はピアノやりたかったんだけどな」と後悔
となるわけです。
僕は「幸せの定義は納得」だと思ってます。
どんだけお金持ってても、納得できなかったら楽しくない。
どんな失敗しても良いんですよ。納得できたら。
「あんなんあったな~(笑)」友人と酒が飲める話になるし、それで十分楽しいんだと思うんですよね。
怖いのは「納得できなかったとき」です。ずっと「あの時やっとけばよかったなぁ」と思いながら生きていくことになるわけですから。
「やった後悔」とかいうやつですね。僕は「納得の有無」で理解しています。
だから、
あなたにとっての岩を探しなさい。そして、それを中心に据えて生きなさい
というお話でした
人生にとって、一番大事だと思うものは、一番最初に入れて生きなさい。さもないともう二度と入りませんよ
という教え
ライフコーチもとあきの「岩と壺」に対する考え
「岩と壺の話」いかがでしたか?最初は「おぉ~」ってなったんですが、「何か自分の考えないかな?」と考えてみたので書いてみます。
まずは岩を探す
まずは、これに尽きますよね。
そもそも岩が何なのか?「失敗しても納得できるものって僕にとって何か?」というのを探す。
これは一人で探すの難しくて、何に惹かれるのか?どんな自分だと嬉しいのか?丁寧に考えてみる必要があると思います。
いわゆるビジョンを持ってますか?という話。(ビジョンについてはコチラ)
これは一人だとかなり難しくて、人との出逢い、経験が大きく影響してくるでしょう。
コーチをつけてみるとか、セミナーに出てみる、などなどありますね。
壺だって作り直せばいい
さて、壺に関して思うのは2つ
- 壺をひっくり返してから、入れ直してもいい
- 入らなかったら作り直せばいい
です。
1は簡単
今からでも遅くないというやつです。「今この瞬間からしか変えられない」。
それは間違いなくて、僕も「いまこの瞬間から『そのまんまのじぶん』の為に生きることはできる!」と思っています。
問題は2です。
多くの人と話をしていると、「壺の形が縛られすぎている」と思うのです。
「小石」や「水」は「どうでもいいもの」とすると、
壺の形は『こうならなきゃいけない』という思い込み
もっと壺の形も自由でいいんだと思うんですよね。
本当にやりたい岩があって、その形がいびつなら、壺そのものの形を変えればいい。岩に合わせて作っちゃえ。
大事なのは岩を壺に入れることですからね
過激な例で申し訳ないですが、「『大麻捌いて生きていきたい』という岩」だったら、「日本(で暮らさなきゃいけないと思っている)の壺」だと所持で捕まるので、合法なアメリカの壺に行けばいい。
皆、岩を探そうとする所までは行くんですよ。
でも、「壺に入らんわ~」ってなっちゃって辞めちゃう。勿体ない。
・岩は「ビジョン」から考える
・壺そのものの形を変えることも考えよう!(なんなら創れ)
最後に
さて、いかがだったでしょうか?
岩と壺の話、そもそもの話が優秀なので、自分を省みるのにいい機会になったかもしれません。
自分にとっての岩は何なのか?
そもそも壺の形を決めつけちゃっていないか?
考えるきっかけになると幸いです。
クライアントの皆さんは、上手く僕のコーチングを使って、壺を壊すなり創り上げるなりやっていきましょう~!
最後まで読んでいただいてありがとうございました!