【自己否定】片想いしてた女性からオフに誘われるようになった話
こんにちは、ライフコーチのもとあきです。
今日はいつもと毛色の違うタイトル。
8月でコーチングに携わって1年。激動の日々を送ってきました。
環境も変わり、出会う人も増えて、今までの僕だったらあり得ないほどの豊富な経験をさせてもらいました
今日はそんな数ある経験の中の大きな出逢いと学びの話をします。
目次
結論
出会った直後とでどうなったか

こんな良い人他におらん。
めっちゃ付き合いたい。先に付き合う人出てくるんじゃないだろうか。
⇒ご飯断られた

良い人なのは間違い無いし、尊敬している。
でも、「交際」は相手が決めること。
- 「気持ちを読む」、「コントロールする」を手放し、コーチとして大きくなるステップ
- 「尊敬する人と一緒にいる」というビジョンがもたらした出逢い
- 尊敬できて「心身を鍛える」同志がいて話せたりLINEできるだけで嬉しい
これだけで十分、「有難い」んだよなぁ。
⇒プライベートでトレーニング誘ってもらって、一緒にオフの時間を過ごす仲になった
いや、付き合えてへんのんかーい!って話なんですが(笑)
得たモノは大変大きかった訳です。
得たこと
- 不安からとる行動は、その後がしんどいということ
- 「付き合える or 付き合えない」ではなく、「尊敬」すると楽ということ
- 「コントロール癖」を手放す ~相手は宇宙人~
- 「何をやっているか」じゃなくて、「どう在るか」で周りが変わる
不安からとる行動は、その後がしんどい
上にもあるように、今まで僕は、いったん惚れると一直線でした。
ここに関わってくる大きな癖はこの3つ
- 戦略性:物事の全体像を把握しながら先を見通しうまくいく道筋を周囲の人に指し示す資質
- 共感性:周囲の人の感情を察する力
- 最上志向:常に上を目指し、何かを極めようとする資質
上の3つの力があったので、相手が「何を求めているか?」がなんとなーく分かり、「相手と付き合うこと」を目標として攻略していく感じの恋愛をしていました。
なので、相手が「自分のことをそんなに好きじゃないかもなぁ」なんていうのは、心のどこかで分かったりしていました。(共感性)
そうなってくると、めちゃめちゃ不安になる訳ですね。
なぜなら「恋人として交際する」を目標に置いており、「『恋人として交際する』が達成されなさそう」だから(戦略性と最上志向)
すると、「付き合えなさそう」を否定して、「付き合えそう」に持っていこうとします。
後でも話しますが、
「付き合う」or「付き合わない」は相手の問題。
そこに立ち入ろうとすると、自分を曲げてでも相手に合わせようとするわけですね。
好きでもないブームに乗ってみたり、食の趣味を合わせてみたり、不安だから、無理してLINEしたりして、返事が期待より悪かったら凹む。
まさしく、「悩みが起きる仕組み」で語った、「頭の中と世界がごっちゃになってる状態」でした。
それを楽しめるのなら良いのですが、「不安」からの行動なので、まったく楽しくない訳です。
「自分のために無理してくれている」という熱意が嬉しい人もいて、恋人としての交際にたどり着いたパターンもありました。
が、無理をする問題点が2つ
- 「付き合う」ことがゴールになって、続かない
- 「無理してるんだから報われるべき」という「相手への期待、強制欲」を抱いてしまう
これじゃ、「好き」で「交際したい」という願いから遠ざかっていますよね。
この時期は本当に「息をしているのか分からないくらい」呼吸が浅かった。酸素濃度が薄くて、吸っても吸っても食道あたりで呼吸をしている感覚。
ご飯に誘ったのですが、スケジュールが合わず断られてしまいました。
「単純にスケジュール合わなかっただけちゃう?」と思われるかもしれませんが、こんな状態ではきっとご飯に行っても上手くいかなかったんじゃないかな、って思います。
それ以上に、「この状態では当たり前だよなぁ」って思っていました。
「付き合える or 付き合えない」ではなく、「尊敬」すると楽
さて、じゃあ何が問題だったのかというと、「相手の問題に立ち入って悩んでいたこと」
相手の「僕と付き合ってもらえるかもらえないか」に土足で入り込んでいたわけです。
「嫌われる勇気」でいうところの「境界線」ですね。
そこを跨いで相手をコントロールしようとしていたから答えの出ないことに悩んでいた訳です。
じゃあどうしたのか?
というと、
「尊敬する」に切り替えました。
「好き」になると、どうしても「両想いを叶えなきゃいけない」みたいに、自分の気持ちに条件が付く感じで息苦しかったんですよね。
なので、こっちが勝手に尊敬している、ていう自分勝手な方向に持っていきました。
これなら相手には関係ありません。
実際、僕は「尊敬できるところがある人」に好意を抱くし、人間関係も「尊敬」を重視するので、この考え方にして気持ちがとても楽になりました。
完全に「尊敬」という言葉ではくくれないかもしれませんが、
自発で自結する。
同じような感情でも、上のような捉え方をしてみると楽になるかもしれません。
注意!
「尊敬」といっていますが、「卑屈」にはならないでください!
最初のうちは、僕もそんな感じでした。
卑屈になってしまうと、「一緒にその人といて笑っている自分」が想像できません。
ということは創造も出来ません。
後にも話しますが、「好きな自分になっているか?」が大事。
好きな自分になれないなら、いったん離れてしまうのも有だと思います。
というか、僕は離れました。
「コントロール」を手放す ~相手は宇宙人~
今更ですが、惚れた相手は、一言でいうと「宇宙人」。
常に自然体で、まったく読めない宇宙人。
僕の常識の外にいる感じ。
会話の流れも、LINEの間隔やスタンプもぶっ飛んでる。
急に歌い出すし、思いつきで会話するし、しかも内容覚えてへんらしいし。
予定も唐突に入れてくる。めっちゃ「我がまま」。
なので
諦めました。
「コントロール」したり、「気持ちを読む」ことを。
いくら共感性が高いといっても、自分の経験外を測るなんて土台無理な話。
新しい地方で、今までのポケモン図鑑が役に立たないのとおんなじ。
きっと相手は「やりたいこと」は「やりたい!」って言う。(恐らく言う前にやってる気がする)
なので、相手の気を惹くことは辞めて、なりゆきに任せることにしました。
今思うと、自分に自信がないから、相手をコントロールしようとしてたんだな、と。
コントロールを手放すことで、コーチや人間としても成長できたのかもしれません。
「何をやっているか」じゃなくて、「どう在るか」で周りが変わる
相手は先述したように宇宙人。
まったく着飾ってない(ように見えるところ)を尊敬していたんですね。
もちろん、
- 体育会系
- クルマが好き
- 心身を整えることにも興味がある
…etc
と共通点があった訳です。もちろんそこは嬉しかったんです。
でも、僕が惹かれたのは
自然体
という「在り方」でした。
なのに、僕は「何をやっているか?」という「やり方」で勝負しようとしていたんです。
不思議ですよね。
「やり方」は「在り方」の結果論。
自然体に惹かれていたのなら、僕も自然体でいようじゃないか。
そして、「お互いが自然体の結果が交際なら嬉しい」
しかない訳です。
ということで、
「不安だから自分を曲げて、やり方を合わせようとするのは自然体なんかな?」
と見つめ直してみたわけです。
自分の「6歳児」というビジョンに照らし合わせて、
「今、自分はどう在るか?」
「6歳児の自分ならどんな状態でいるか?」
「6歳児なら期待とか不安じゃなくて、話せたり遊んだ事実を全力で喜びそうだな」
と「在り方」の側面から見つめ直して、行動を変えてみました。
どうしたかというと
その女性と距離をとったんです。
自分が未熟なせいで息苦しいから。
「今、あの女性に無理に関わって、落ち込んで、という姿は別に僕のビジョンではないな。そんな自分好きじゃない」
と、思ったから。
なので、まずは本来、自分がやろうと思っていたこと、心が「必要だな」と感じることを続けてみました。
自然体、自然体。
自分で自分を好きになれるように。
そう言い聞かせて。
興味があるものを勉強し、動いて、発信を続けて、新しい土地での基盤や人脈作り。
そして自分をコーチング、ヨガ、瞑想で整える。
新しい場所で新しい人と出会ってよく笑って、想いを語って受け取って、「有難う」って言って、「一緒に何かやりたいね」ってワクワクして、っていう2週間。
それをやってるうちに、その女性のことも段々忘れてきた。
そんなタイミングで1通のLINEが。

長野県の木曽川ってところ、大雨やったけど大丈夫?
天気が良くなって、道が復旧したら一緒にトレーニング始めませんか!?
えええええ。ビックリした。
相変わらず文脈がよく分からん。さすが宇宙人。
でも嬉しかった。
トレーニングできそうな未来も嬉しかったけど、何よりも
「LINEでプライベートのトレーニングを誘ってもらえた事実。それを引き出せる自分になった。」
というのが嬉しかった訳です。
僕のコーチングでは「成長して、それに相応しい結果がついてくる」という考えでクライアントに関わります。
「自分がどう在るか?」のビジョンを意識し、それに相応しいように、笑顔でいられるように整える、動いてみる。
すると結果がついてきた。
それを実体験した瞬間でした。
あとがき
最後までご覧頂いて有難うございました!
「なんや、全然進展してないし。付き合えてないやん」
と思う方もいるかもしれません。
それはこれからの話。
もし、本当に二人の方向性が同じで、双方が「交際」に相応しくなっているなら、進んでいくでしょう。
出来なかったら、それは僕がその程度の人間だったということ。
ただ、今回
- 途中で「手放し」「在り方」への方向転換が出来た
- 「成長」に「結果」がついてくることが分かった
- 「やり方」より「在り方」
を実感できたのが嬉しかった。
苦しんでいるときは「もう嫌」っていう感じでしたが、
今、まさに苦しんでいるあなたに、少しでも役に立てば幸いです。
話を聞いてくれたコーチ、コーチ仲間、友人、本当に有難うございました。